私は平成12年9月に市原から印旛村に転入しました。当時は娘が小学2年生、二学期からいには野小学校にお世話になるのを契機に、残された命を社会への恩返しにと、早朝各一時間をゴミ拾いと交通指導に充てております。
まさに光陰矢の如し、娘は中学生になりました。学校がある日は毎日、簡単なことですが、5年間の継続は大変でした。一番嬉しいのは、最初は挨拶しなかった子供達が、今では、はっきりと元気良く挨拶を返してくれるようになり、「国嶋さんご苦労さまです。頑張ってくださいね」と言ってくれるようになったことです。
冬の寒い日には手が動かないこともありました。そんなとき、保護者の方が温かい缶コーヒーを差し入れてくださり、気遣いの言葉をかけていただき、人の情けの有難さを知りました。このような励ましは、病気持ちで先の暗い身には薬よりも余程効果があります。
毎朝の子供達の元気な挨拶は、私の活力の源です。通勤途中の皆様も、見かけた際にはお声かけください。 |