家族の絆の会 会長
さて、恋の時期を過ぎると、次に現れるのが、金銭欲・経済的安定・社会的地位・名声・支配欲などのいわゆる「大人」の欲求です。大人と子供の違いは、大人は独立して生計を営むことです。自分自身はもちろん、結婚すれば家族を養っていく経済力が求められますので、金銭欲自体が悪いわけではありませんが、「ほどほど」という感覚がないと不幸になってしまいます。ホリエモンのように、人生はマネーゲーム、とにかくたくさん稼げばよいというのは、まったく経済・社会の本来の意味を知らない愚かな考えであります。そして、その対極に、善良であるがゆえにマネーゲームの胡散臭さに嫌気がさして仕事につかず、家にひきこもる若者が増えているのではないでしょうか。
ゲームなら人は死にませんが、経済を誤ると人命にかかわるのです。お金持ちの陰には必ず貧乏人があり、全員がお金持ちになれないからです。自分だけ豊かになればよいと思っても、一方で貧しい人々が増えれば社会不安が増大し、お金はあっても毎日身の危険を感じながら生きていかなければならなくなります。
お金というものは、マネーゲームならぬトランプのババぬきのジョーカーのようなものです。最後まで持っていては負けです。使って初めて価値がでます。稼いだ分で生活する。もし余分に稼ぐことができたら、それをどう社会に還元するかを考える。そして社会全体が豊かになるようにするのです。これは決して綺麗事で述べているのではなく、社会全体が豊かで幸せにならなければ、個人の幸せもあるはずがないからなのです。この考えを革命と権力によって実現しようとしたのが共産主義でしたが、失敗に終わったことは周知の通りです。一方の資本主義では格差が広がり、社会不安が増大するだけです。一つの解として、自由市場経済のシステムに、個人の道徳を加えることで素晴らしい社会が実現できるのではないかと思います。 (次号につづく)
「僕には、お父さんとお母さんがいて、お父さんとお母さんにもお父さんとお母さん(おじいさん、おばあさん)がいるんでしょ。そうやって数えていくとどんどん増えていくけど、昔はいっぱい人がいたの?」
大人の常識として世界の人口は増加しているということはご存知だと思いますが、それと逆とも思えるような質問を子供にされると答えに窮してしまうのではないでしょうか。ちょっと頭の体操にもなるのでやってみましょう。
確かに子供が疑問に思うように、人には両親があり、その両親も両親があることは間違いないわけです。数式で示すと、n世代遡るごとに2のn乗で増えていきます。1世代遡ると2人(両親)、2世代遡ると4人(祖父母)、30世代(1世代30年とすると9百年)遡ると10億人になってしまいます。
いまの日本の人口をざっと1億2千万人として、平均して3世代が現在生きているとすると、1世代当たり4千万人です。4千万人に10億人の先祖がいたとすると、9百年前には4京人もいたというおかしな結果になってしまいます。
1組の夫婦から2人生まれるとすると、半分になりますが、それでも歴史上の人口データとは大きな隔たりがあります。要するにそれだけ重複があり、同じ人が先祖であることが多いということなのですが、わかりやすく1世代8人の人口が維持される場合の図を作ってみました。単純化するために、夫婦は男女一人づつ出産し、兄弟婚はなし、従兄弟婚はありの条件で作っています。
ここでAさんとBさんの血筋をたどってみると、3世代前で8人のはずが、すでにここで重複が発生しており、6人しかいないことがわかります。そして、AさんとBさんの6人の先祖の内、4人が同じ人です。実際には、昔は夫婦は男女一対とは限りませんでしたし、出産数もさまざま、生涯子を残さないで亡くなる人もいますので複雑ですが、基本的にはこの図で示したことが昔から繰り返されてきているのでしょう。
さきほど単純計算した9百年前の人口4京人と、歴史的な当時の推定人口約6百万人の極めて大きな差は、少し遡るだけで、わたしたちがいかに共通の先祖をもっているかを示しているのではないかと思います。わたしたちは思っているほど他人ではないということです。ちなみに1世代を30年とした場合、23世代前(西暦一三〇〇年頃、鎌倉・室町時代)で2の23乗=8百万と当時の推定人口と一致します。
さて人口の話が出たついてに、世界に目を向けて地球上の人口のことを考えてみたいと思います。くどくどと述べるより、データを示すだけで十分にインパクトがあると思います。
現在の世界人口 66億人 30億人 1960年 20億人 1930年 10億人 1800年 5億人 1500年
現在の人口増加率 1年あたり8千万人(毎年日本全体と同じぐらいの人数が増えている) 1日あたり22万人(毎日成田市2つ分の人数が増えている) 1時間あたり9千人(1時間ごとに印旛村と同じ人数が増えている)
これは出生数ではなく純増数です。増加が目立つのはインドなどの中央アジアやアフリカです。少子化全盛?の日本にいると信じられない事態です。恐ろしい勢いで人口が増えているのです。この勢いでは、食糧生産の伸びは当然に追いつくはずがなく、これまた日本にいると想像できませんが、世界的には慢性的な食糧不足になるわけです。当然、エネルギー消費も増え、自然環境も悪化の一途にならざるを得ません。そして生活に必要な資源が足りないということは、必然的に資源の奪い合い=戦争が不可避になるわけです。
地球にとっては人間というのはガン細胞みたいなものかもしれません。ガンが増殖して人間が死ぬと、ガン細胞も生きていられないように、このままでは地球が滅んで人類も滅亡するしかないのですが、人間は知恵のある動物ならば、なんとかしなければいけませんね。
(参考)
はまぐりの数学
US Census Bureau
総務省統計局 世界の人口2006
鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」(講談社学術文庫)
いまフジテレビの土曜深夜ドラマで「ライアーゲーム」というのをやっています。人を疑うことを知らない純朴な少女ナオが、暗黒組織が主催するゲームに巻き込まれ、そこで相手を騙してお金を奪い合うことになります。勝たないと巨額の借金を背負わされるというストーリーで、ナオを助けに入った天才詐欺師を松田優作さんの息子の翔太さんが演じています。
心理ゲームとして頭の体操のために見てもとても面白いのですが、このドラマは現代社会の風刺とも考えられます。騙しあってお金を奪い合うというのは、程度の差はあれども今の実社会そのものです。いまの日本は生産は海外、頭で儲ける時代ですから。一体、そのゲームに勝ち残ったものは何を得ることができるのだろうか、という痛烈な批判が込められているのではないかと思うのです。執筆時点で第5話までしか終わっていませんが、最後まで楽しみです。
『日本改創』 〜列島州制の試み〜
ここ数年で全国的に市町村合併が急速に進み、千葉県内でも更に次の段階の合併が検討されています。その動きには賛否両論ありますが、大きな根底をなす思想がない状態で、各市町村の財政問題や関係者の利害調整などの目先の問題だけに議論が終始してしまっています。本来、行政の区分を決めるということは、地方自治の理念も踏まえて、住民が自ら地域のあり方を決めるために最適な規模はどのくらいか、どこに境界を設けるべきかという、長期的な大きな視点で考え、決めるべきものではないでしょうか。
印西市に在住の新津陽一さんは、もう十年以上前になりますが、今日の市町村再編を見通したかのように列島を9の州に分割する私案を出版しています。図書館の分類に使われている十進分類法を政治組織に適用するというオリジナルな発想によって、日本列島を面積や人口に配慮しながら、9の州に分け、更に1つの州に9の県、また県に9の市というふうに細分化するのです。
国の行政組織についても同様の考え方で整然と再構築する案を示し、憲法改正案まで議論が及んでいます。
著者は国の役人として働いた経験から、行政のどこにムダがあるのかを知り尽くしたうえで財政問題も指摘しています。さらに州制の境界線引きを行うにあたっては日本各地を歩き回って、実際に各地に訪れて判断しています。日本をよくしたいという情熱をもって膨大な時間と資料の分析の上に出来上がった本です。
ちなみに本案では、千葉県は、千葉県(千葉市以南)と印旛県(佐倉市以北)に二分され、印旛村は関東州・印旛県の成田市(成田、印西、栄、富里、本埜が合併)に編入となっています。
(平成七年、MBC21)