家族の絆 第5号

豊かに生きる知恵(2)

家族の絆の会 会長
国嶋久善

よく女性が「彼は私の身体にしか興味がない」などと悩んでいたりしますが、恋というのはもともと身体を求め合うものなのです。動物だって恋をするのですから、精神的には低次元なことです。しかし、恋が美しいものであることは間違いありません。一方で愛というのは人間として人間を愛するわけですから、性別は関係ないわけです。そして愛というものは、ある程度年齢的にも精神的にも成長した人でないと知ることができない世界なのです。恋は、つまり男女の性的な結びつきというものは、専門家の意見では、せいぜい三年続けばよいものだそうです。美しいものは、はかないのです。

何が言いたいのかと申しますと、恋も愛もそれぞれ素晴らしいものなのです。しかし、この二つを混同してはなりません。混同したままだと、ずっと不幸なままになります。三年しか続かないものに永遠を求めたりするのです。相手が浮気したといっては泣き、最初の頃と全然変わってしまったと嘆き、気持ちが冷めたといっては別の人を探したりの繰り返し地獄に陥ります。そういう人はよく芸能ニュースでみかけますよね。運命の人と生涯ラブラブの関係でいたいなどという考えは、思春期で卒業して、はやくこの真理に目覚めることが幸福への近道です。長い年月うまくいっているカップルというのは、最初の恋人同士という関係から、三年以内に人間愛の関係に移行するのに成功した方々なのです。

恋は盲目といいますが、恋というのはとても視野の狭い、世界の狭いことなのです。二人だけの世界ですから。二人だけの世界というのは早晩行き詰ります。広く社会と交流した上での二人の関係でなければ長続きしません。常に新しい水が湧いては流れ出していく清流と、水が溜まったままの池を想像するとよいでしょう。 (次号につづく)

通い婚は不道徳? 不思議と通じる古代と現代の男女関係
「家族の崩壊」を歴史的に考える

家族の崩壊と言われ始めて久しいものがあります。最近の目を覆いたくなるような事件の連続に嘆かわしく感じている方は多いでしょう。

「昔の家族」のイメージ

われわれが家族の崩壊と言う場合、その根底・基準には農業中心時代の大家族があるように思います。おじいちゃん、おばあちゃんがいて、兄弟姉妹が大勢と、更に従兄弟やおじさん、おばさんまでも場合によっては同居しているような大家族です。兄弟なのか甥・姪なのか年齢では区別できないことがありました。そうした大家族が、戦後の高度成長で核家族化しました。お父さん、お母さん、そして子供という構成です。今は、晩婚化・非婚化で単独世帯が多くなっています。

近代化以降、とても大きな変化があったわけですが、では明治以前はずっと同じ家族形態だったかというと、そうではありません。われわれは、つい自分自身の経験だけで「昔はこうだった」と懐古的な記憶をひきずってしまい、それを現代の若者にも押し付けてしまいがちです。

大きく歴史的な家族の変遷をとらえ、はたまた遠い異国の様々な家族形態について知ることは、現在われわれが抱えている家族の問題を検討する上で、新しい視点を与えてくれるのではないかと思います。

現在でもほぼ常識とされている父系の家族制度の基盤が整ったのは、戦闘集団力がものを言う時代=鎌倉時代あたりで、武家において女が男の「家」に嫁入りするようになったのが、一般民衆にも広がっていったそうです。江戸時代では「三従の教え」「三下り半」というように、更にきっちりとされました。そして明治の民法で、西洋的な一夫一婦制が導入されたのです。現憲法ではご存知の通り男女平等・両性合意結婚ですが、実態として男の家を基本にするのが多いのは社会通念によるものです。

通い婚・自由恋愛

それでは鎌倉時代以前はどうだったのかというと、『源氏物語』の記述などから推定すると、男が女の家に通っていく「通い婚」という形態があり、結婚になると男が女の家に婿入りする方が基本だったそうです。それより昔の古代では、もっとおおらかな恋愛で、結婚の概念すら明確ではなかったのでしょう。人類史的には、母系の家族の方がずっと長い歴史をもっていて、父系の家族は武士の時代以降の特殊形態ともいえるわけです。

子供は親のものではなく、社会の宝だという考え方があります。昔は、自分の子供も他人の子供もわけ隔てなく、地域社会で育てたものでした。とても素晴らしいことです。いまは核家族・一夫一婦制ですので、どうしても「うちの子供」「自分の子供」という意識が強く出てしまうのです。
ところで、「子供は社会の宝」という発想の裏には、「誰の子供でもいいじゃないか」というおおらかな感性があり、これは見方によっては、性道徳の乱れに通じるところがあるのです。おかしいですね、ちょっと待てよと思います。

われわれが根源的にもっている善良な気持ちと、性の乱れが通じる???

母系家族への復古

しかし、実際そうなのです。われわれの意識の根底にある太古の感性とは、現代的視点ではとても乱れたことなのです。母系で子供を育てるというのは、今の言葉だとシングルマザーになりかねないですよね。通い婚というのは、半同棲ですし、ケースによっては不倫になりかねません。
ちゃんと結婚して子供を育ててという「常識」から外れる人を見ると、眉をしかめたくなりますが、未婚で出産するとか、頻繁に離婚を繰り返すなどの「不道徳」な行為は、実はわれわれが太古から継承する豊かな感性を素直に表しただけなのかもしれないのです。戦闘・勢力争いのために出来上がった父系家族が、その必要性を失って崩壊し、本来の母系家族に戻ろうとしている、その過渡期に起きている悲劇なのかもしれないのです。

今回は本誌『家族の絆』の趣旨に反するような内容になったかもしれませんが、家族を考える別の視点としてお役に立てれば幸いと思います。ひとつ確実にいえることは、必要ないものは廃れるということです。家族形態の変化は、その背景にある自然環境、政治社会制度、技術の発展を反映したものに他ならないのです。その大きな流れに逆らって、ただ昔に帰ろうとしても徒労に終わるに違いないのです。

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やまとことばと流行歌

インターネットを始め、カタカナ用語が増え、理解できないと日常生活にも支障を来たしかねない状況ですが、チンプンカンプン(珍文漢文)というように、昔から日本語には外来語が氾濫しています。

それでも外来語が劣勢な分野があります。流行歌の詞を見ると、演歌でもポップスでも大半が大和言葉で作ってあります。本号で紹介した齋藤氏によると、邪馬台国は「ヤマタイ」ではなく、「ヤマダ」もしくは「ヤマト」と読まれたそうです。それだけ昔から馴染んでいる言葉です。一説によると、言葉は短期間で変化するが音韻(音自体から感じ取る意味)は1000年に2%しか変わらないそうです。

「めくら」は差別用語で、「盲人」ならOKとは、意味が同じなのにおかしなことですが、これは大和言葉がいかにダイレクトに日本人の心に響くのかの証拠でもあります。

外来語は日本人の心の奥底に届かず、表層的な思考にとどまります。よく言えば、遠まわしで上品な言葉遣いですが、意味のすりかえやウソも横行しやすくなります。また、理屈と理屈は衝突します。和の国の言葉を大切にしたいものです。

【良書紹介】

『卑彌呼の臺は都城』  〜邪馬台国南九州論〜

齋藤正憲(印旛村在住)著

邪馬台国の所在地については、畿内か北九州かと大論争があることは有名ですが、著者はそのどちらでもなく、南九州(宮崎県都城市及び北諸県郡山田町を中心とする地帯)にあったと主張します。

邪馬台国邪馬台国の位置を推定する根拠として魏志倭人伝の記述があります。この里程の読解については、かなり強引な解釈によって畿内や北九州に結び付けようとされていますが、齋藤氏は「水行ノルマ1日一〇〇里」を採用すれば、無理なく南九州に行き着くと論じています。北部九州から船で二〇日の場所にある投馬国とは一〇〇里×二〇日=二千里(朝鮮海峡の距離三千里の2/3)で別府湾となります。そして「投馬国の南水行十日」の地は一〇〇里×一〇日=千里(朝鮮海峡の1/3)で、奇しくも神武船出の地「美美津港」に行き着きます。美美津港に上陸した後、南に陸行1ケ月の地は、唐六典の「陸行ノルマ1日五〇里」を援用すれば、五〇里×三〇日=千五百里(朝鮮海峡の半分)で、とても単純明快な直線的配列法により、都城市および北諾県郡山田町を中心とする地帯に見事に合致することになります。

さらに齋藤氏は、死者の頭位を異にする三つの皇統の存在を推定します。その内、北鮮南満を源流とする東枕葬礼の北九州系部族(崇神の皇統)と、大陸南部江南に淵源する北枕葬礼の南九州系部族(卑弥呼、神武の皇統)の合体勢力によって神武東征がなされたと解きます。

南九州(都城)、北九州(甘木朝倉)、畿内(大和)には、極めて類似する地名群があります。ではどれが最初なのかということになります。齋藤氏は畿内部族が開発した革命的な技術である「ろくろ」が弥生時代後期に突如として消滅したことに着目し、これが神武東征によって畿内の部族が追い出されたことの証拠だとしています。つまり九州にあった地名が畿内にコピーされたということです。さらに九州の中で、北九州か南九州かという疑問ですが、北九州は大陸北方系文化が栄えた地域であり、南方系の文化様相が濃く伝えられている邪馬台国とは相容れないことから、やはり邪馬台国は南九州であったとしています。

卑弥呼の読みは、本当は「ヒムカ」あるいは「ピムカ」であり、その名が「日向」となって今日に伝わったという説には妙に説得力があるのではないでしょうか。

少し専門的な内容ですが、一読して古代のロマンに思いを寄せてみてはいかがでしょうか。

(二〇〇四年、新風舎)

楽天ブックスで購入→卑彌呼の臺は都城

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