家族の絆 第3号

[日本人の精神]と題して行われた元台湾総統の李登輝さんの講演を紹介します。
敗戦とともに日本人が失った価値観の大切さを気付かせてくれます。 

家族の絆の会 会長
国嶋久善

【日本人の精神】

元台湾総統
李登輝
2002 年11 月24 日 慶応義塾大学「三田祭」での講演より

私は、かつて日本の植民地・台湾で生まれ、日本の教育を受けました。残念なことに一九四五年以後、日本特有の指導理念や道徳規範が全否定されました。日本の過去には政治、教育や文化の面で誤った指導が有ったかもしれませんが、素晴らしい面もたくさんあったと私はいまだに信じて疑わないだけに、こんな「自己否定」がいまだに日本社会の根底に渦巻いていることに心を痛める一人であります。

私は日本の若い皆さんに、私が知っている具体的な人物や、その人の業績を説明し、これが日本精神の表れですと説明した方が、皆さんにもわかりやすく、日本人としての誇りと偉大さを皆で習っていけると考えます。台湾で最も愛される日本人の一人、八田與一について説明しましょう。
八田與一といっても、日本では誰もピンとこないでしょうが、台湾では六十万人の農民から神のごとく祭られ、銅像が立てられ、ご夫妻の墓が造られ、毎年の命日は農民によりお祭りが行われています。八田與一氏は金沢市に生まれ、一九一〇年に東大の土木工学科を卒業後まもなく台湾総督府土木局に勤め、以来五十六歳で亡くなるまで、ほぼ全生涯を台湾で過ごし、台湾のために尽くしました。一八九五年に日本の領土になったころ、台湾は人口約三百万人、社会の治安が乱れ、アヘンの風習、マラリアやコレラなどの伝染病で、きわめて近代化の遅れた地でした。
八田與一が台湾に残したものは三つあります。


その時分では東洋一の灌漑土木工事です。この事業を完成したときの八田氏は四十四歳の若さでありました。嘉南大?の完成は世界の土木界を驚嘆させ、「嘉南大?の父」として農民から畏敬の念をもって称えられました。八田氏は土木工事だけでなく、農民への技術指導といったソフト面でも尽力し、不毛の大地といわれた嘉南平野を台湾最大の穀倉地帯に変えたのです。その成果には(1)農民が被る洪水、干魃、塩害の三重苦が解消したこと(2)三年輪作給水法によって全農民の稲作技術が向上したこと(3)買い手のない不毛の大地が給水によって地価が二倍、三倍の上昇を招き、当時の全工事費を上回る価値を生んだこと(4)農民の生活は一変し、家の増築や子供の教育費に回す余裕がでてきたことがあげられます。


嘉南大?の巨大な工事に対して、当時として常識はずれのセミハイドロリックフィル工法が採用されました。この方法は東洋では誰も手がけたことがなく、アメリカでさえもこのような大きな工事では採用されていなかった。この未経験の工法を採用するに当たり、徹底的な机上研究とアメリカ視察を行いました。そして、この工法の採用と設計に確信を持って工事にとりかかったのです。
コンクリートコアの高さと余水吐をめぐって、セミハイドロリックフィルダムの権威者ジャスチンと大論争しますが、自説を譲らず、設計どおりに構築しました。七十年経過した今も、堰堤は一億トン以上の水を堰とめ、その正確性を証明しています。
また、労働力のあまっている時代としては常識はずれの大型土木機械を使用しました。八田氏の意見は、これだけの堰堤を人力で造っていては十年どころか二十年かかってもできない。工期の遅れは十五万町歩の土地が不毛の土地のまま眠ることになる。高い機械で工期が短縮できれば、それだけ早く金を生む。結果的には安い買い物になる、というものでした。この考え方は当時としては偉大な見識と英断と見なければいけないでしょう。
さらに、「よい仕事は安心して働ける環境から生まれる」という信念のもとに、職員用宿舎、病院、学校、大浴場を造るとともに、弓道場、テニスコートといった娯楽設備まで建設しました。芝居一座を呼び寄せたり、映画の上映、お祭りなど、従業員だけでなく家族のことも頭に入れて町づくりをしています。工事は人間が行うのであり、その人間を大切にすることが工事も成功させるという思想が、八田氏の考えでした。
土木工事はダムや水路を造れば終わりと、八田氏は考えませんでした。十五万町歩の土地に、同時に給水することは、一億五千万トンの貯水量を誇るとはいえ、物理的に不可能でした。その不可能な中で、すべての農民が、水の恩恵を受けるように八田氏が案出したのが、三年輪作給水法で、百五十町歩を一区域とし、水稲、甘蔗、雑穀と三年輪作栽培で、水稲は給水、甘蔗は種植期だけ給水、雑穀は給水なしという形で、一年ごとに順次栽培する方法を取りました。


関東大震災の影響で予算が大幅に削られ、従業員の解雇を迫られたことがありました。その時、八田氏は幹部のいう「優秀な者を退職させると工事に支障がでる」という意見に対し、「大きな工事では優秀な少数の者より、平凡の多数の者が仕事をなす。優秀なものは再就職が簡単にできるが、そうでない者は失業してしまい、生活できなくなるではないか」といって優秀な者から解雇しています。
八田氏は一九四二年、陸軍からの南方開発派遣要求として招聘されます。その五月七日、大型客船「大洋丸」に乗ってフィリピンへ向かう途中、アメリカ潜水艦の魚雷攻撃に遭いました。享年五十六歳でした。妻の八田外代樹は三年後、戦争に敗れた日本人が一人残らず台湾から去らねばならなくなったときに、烏山頭ダムの放水口に身を投じて八田氏の後を追いました。御年四十六歳でした。


何が日本精神であるか。八田氏の多面的な事績を要約することによって明瞭になります。
(1)「公に奉ずる」精神。
(2)伝統と進歩の調和。現在の若者はあまりにも物資的な面に傾いているため、皮相的進歩にばかり目を奪われてしまい、その大前提となる精神的な伝統や文化の重みが見えなくなってしまうのです。嘉南大?工事は、革新的な技術と、農民を思いやる伝統的な心を調和させながら、進められました。
(3)義を重んじ、まことを持って率先垂範、実践躬行すること。口先だけでなく実際に行う、真心をもって行うというところにこそ日本精神はあるということです。

八田與一氏のような皆さんの偉大な先輩を、勉強し、学び、われわれの生活の中に取り入れましょう。

家庭のしあわせ

財団法人 仏教伝道協会
仏教聖典より抜粋

昔、ひとりの信仰厚い青年がいた。父親が死んで、母親とともに親ひとり子ひとりの親しい生活を送っていたが、新たに嫁を迎えて三人の暮らしとなった。
 初めは互いにむつみあい、平和な美しい家庭であったが、ふとしたことから姑と嫁との心持ちに行き違いが起こり、波風が立ち始めると、容易には納まらず、ついに母は、若い二人を後に、家を離れることとなった。
 母が別居すると、やがて若い嫁に男の子が生まれた。「姑と一緒にいる間は、口やかましいので、めでたいこともなかったが、別居をすると、こうしてめでたいことができた」と、嫁が言ったという噂が、さびしいひとり暮らしの姑の耳に入った。
 姑は大変腹を立てて叫んだ。
「世の中には正しいことがなくなった。母を追い出して、それでめでたいことがあるならば、世の中は逆さまだ」
 姑は、「この上は、正しさという主張を葬り去らなければ」とわめき立て、気遣いのようになって、墓場へ出かけた。
 このことを知った神は、すぐに姑の前に現われて、ことの次第を尋ね、いろいろに諭したけれども、姑の心の角[つの]は折れない。
 神はついに、「それではおまえの気のすむように、これから憎い嫁と孫を焼き殺してやろう。それでよいであろう」と言った。
 この神のことばに驚いた姑は、自分の間違っていた心の罪をわびて、嫁と孫の助命を願った。子も嫁もまたこのときには、いままでの心得違いを反省し、母を訪ねて、この墓場へ来る途中であった。神は姑と嫁とを和解させて、平和な家庭にかえらせた。
 自ら正しさを捨てなければ、教えは永久に滅びるものではない。教えがなくなるのは、教えそのものがなくなるのではなく、その人の心の正しさが失われるからである。
 心と心の食い違いは、まことに恐ろしい不幸をもたらすものである。わずかの誤解も、ついには大きな災いとなる。家庭の生活において、このことは特に注意をしなければならない。

【寄稿】 人生で一番大切なものって何?(その2)

NPO法人FNUN (国連支援交流協会VRC支部理事)
いいのしげる

夫婦は、他の人間関係と同じく、基本は対立関係。
相手の長所だけを探して感謝すれば、幸福な家庭が築ける。

(前号より続き)「対立の原理」という哲理がありますが、基本的に夫婦は、もともと対立関係にあるのですから、他の人間関係と同様であります。
どんな人や物でも、長所もあれば、短所もある訳ですから、相手の短所ばかりを探し回るよりも、長所を探し求めて行く方が、原理的にも関係をよくすることは明らかです。
要は、相手の長所だけを拾って、数えるようにすることです。本気になって、一所懸命に探し出すと、有るは、有るは50でも100でも、必ず探し出せるものであります。
それに気付くと、妻に感謝すればといって、土台から頭の上がりようもありません。妻に対して、文句等は言えた義理ではありません。本来、夫婦は尊敬信頼し、愛情を傾けて、明朗、愛和の気持ちを大切にして、和やかな家庭を作ることに専念して行かねぱ、幸福な家庭を築くこと等、とても出来ません。

荒れた耕地を撫でるように、念入りに心を込め、手を加え、
豊作を願う農民のように、愛情を傾け続けなければならない。

一体、この世の中で、自分以外の人間で、自分のことに一番関心をもって心配してくれるのは誰であるのか。これまでは両親がそうでしたが、両親亡き後、何と言っても妻に違いないのであります。その頼みの妻さえも、この先どれ程、生き続けてくれるものか判りません。
そう思うと、可愛そうな位に愛しい気持ちが、湧き出して参ります。自分より先に死なせてはならない大切な人です。絶対に私よりも長生きしていてくれ。身体を大事にしていてほしいと、祈りたい気持になるはずです。
思えば長いこと自分勝手に、気ままに過ごして来てしまったものです。随分、泣かせてしまったこともあったけれど、我か人生の最高の恩人であり、本当に宝とすべきなのは、我が妻であることは、はっきりしています。
妻という存在が、おそまきながら、命がけで捨て身になって守らなければならない人であり、世界中で一番大切な人なのは誰しも共通感覚として認識することになりましよう。
この努カはあたかも荒れたる耕地を撫でるように、念入りに心を込めて手を加えて耕し、豊作を願う農民のように、愛情を傾け続けて行かなければならないことを、だれでもやがて自覚することになるでしょう。  (終わり)

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