家族の絆 第2号

田上嘉忠さん(いには野小明日を育てる会・会長、本会副会長)の貴重な経験談をご紹介いたします。
口うるさく言わずとも、親の行動を見て子供は自分の力で育ちます。

家族の絆の会 会長
国嶋久善

【妻の死と家族の絆】

いには野小明日を育てる会・会長
家族の絆の会・副会長)
田上嘉忠

我が家は、私、妻、息子の親子三人家族でした。

妻の病気が悪化し、子供を抱くこともできないほどやせ細り、「痛い、痛い」と苦しむ姿に、三歳の息子は大好きなお母さんに近づけなくなってしまいました。
明日の朝は目が覚めなくなっているのではないかと不安の毎日です。妻は息子に「明日はお母さん亡くなっているかも知れない、いつ死ぬか判らない」と、覚悟しておくよう悟していました。私には三歳の子供が理解できることとは思えず、「そんな話、子供にするものではない」と叱ったものでした。
癌には勝てず、息子が幼稚園の時、ついにその時が来ました。その夜、息子が言いました。
「お父さん、今日はいっぱい泣いてもいい? お母さんとお母さん亡くなるまで泣かない約束していたんだ。毎日、お母さんあんなにがんばっていたもの。僕お母さんとの約束守ったからね、だから今日は泣いてもいいよね」
二年間子供なりに頑張っていたんだ。こんなに小さな子供が母親の生き様をしっかり見ていたのかと思うと驚きを隠せませんでした。妻を叱ったあの言葉が恥ずかしくなり、私は逃げていたのだ、子供にごまかしていたのだと思うと、妻の位牌に頭をあげることができませんでした。
子供は幼くても親の生き様をしっかり見ているのだと感じずにはいられません。子供に恥じない行動・言動は親の責任です。もし我が子が人に恥じることあれば、親の私が恥じることをしているのだと思うようになりました。
短い母親との生活の中で子供はしっかり母親との絆を結んでいたのです。
これからは父親しかいない二人家族での生活です。母親に負けない絆を結べるか全く自信がなくなり、ついつい「今日のお父さんはどうだった、どうだった」と聞いていました。

あれから五年、無我夢中で生きてきました。久しぶりに「今日のお父さん、どうだった?」と聞いてしまいました。「うるさいなー」といつも面倒くさそうに返事する息子がポツリと「お父さんの草取りと花植えだけど手足がしもやけだらけじゃないか。大丈夫? 心配なんだけど」と言いました。子供は親の行動や身体のこと、見ていないようで見ているのだと思うと、つい嬉しさのあまり涙流してしまいました。親子の絆、家族の絆、心配しなくてもきっちり結ばれているのですね。
子供に恥じない行動こそ子供を育てる原点だと肝に銘じました。そこにしっかりした家族の絆ができあがっていくものだと感じています。    合掌

【寄稿】子女名優、師弟名優(その2)

映画評論家
島田尚比古

子どもにとって、「家庭」は母港、「学校」は母船です。

「家庭」は、子どもにとって母港、やすらぎの船着場です。「学校」は、子どもにとって将来、未来への航路の羅針盤であり、日本丸という母船です。この両者が連携していくことで、地域、社会、日本がよくなって世界平和につながる人間を育成することができると思います。

「子どもが危ない」という言葉をよく耳にします。子どもの安全を守るために様々な対策が講じられています。しかし、まず大切なことは家庭教育からです。
私が、心がけていることは「三喜」です。
「朝起きて、生きている喜びを感じ、目覚めたら、ぐずぐずせず起きる」
「気づいたらすぐ実行する喜び」
「清掃を、掃除を進んで行い心を清める喜び」です。
この、三つの気づき(喜)を土台として、喜んで働く、喜んで学ぶのです。

何をするか、何をしたいかをメモしておきます。

「働く、学ぶ」ためには、必ず前もっての計画を立てることです。メモでよいのです。子どものころから、何をするか、何をしたいかをメモして書き留めておくことで、大きな成果を期待できます。
物事は人に強制されてやれるものでないし、またできるものでもありません。
いつも自己実現するために、have(持つ)よりもdo(行動すること)を心がけることで「名優」は育つと思っています。   (終り)

【寄稿】 人生で一番大切なものって何?(その2)

NPO法人FNUN (国連支援交流協会VRC支部理事)
いいのしげる

夫婦が健全で明るい生き方を示せば、
子供は優しい思い遣りのある人間性を形成し、素直に育つ。

(前号より続き)孝は百行の基で、家族の幸福は、実に孝にあるのです。それは、あまねく祖先を敬い、そして子孫を大切に育てる、幸福な家庭を、揺ぎのないしっかりしたものへと築くことにかかっています。そもそも、幸福なる家庭の基盤となるものは、その大もとの精神である、夫婦の愛和をもって実践するのが原点であります。
夫婦が健全で、明るい生き方を示すことによって、その子供達は、心も和やかで、ゆとりある、優しい思い遣りのある人間性を形成して、素直に育っていくのであります。

個々の家庭が幸福になり、その輪が大きく広がれば、
徳福一致の素晴らしい社会が樹立される。

人間社会の最小単位は家庭です。その個々の家庭が、夫々に幸福になり、その輪が次第に大きく広がっていけば、人々の気持ちに余裕と信頼が生れてきます。そして、お互いにルールを守れる様になって来たとき、初めて徳福一致の絶対の暮らし方ができ、社会全体に素晴らしい世界が樹立されるのです。
それは、決して、社会全体で取り決めて掛かるものではありません。あくまでも、その原点は家庭にあり、その総ての源は、夫婦の愛和から発生していくのであります。
しかし、これはことでいうほどそう簡単ではありません。結婚の当初はうまくいくが、次第に離れて反対の方向にさえ行ってしまうことがあります。そうなると、家のことはちぐはぐになって、仕事も生活もうまくいかなくなります。夫が妻から喧しく言われ出すと、無性に腹立たしくなり、文句が高じて暴カ沙汰になってしまうことさえあります。
その点を冷静に考えますと、掛替えのない夫婦の関係でありますから、基本的には、結婚当初の気持ちに立ち戻って見ることが大切です。当時はお亙いに、いい点ばかり見えていた筈で、だからこそ幸福になると信じ一緒になったのですから。まして子供の幸せを思えば、我侭を言っている場合ではないのです。
自分に対して言う妻の文句は、必ずや、道理が通っていることであり、反論するどころか感謝しなければなりません。わずらわしいどころではなく、しっかりしている証拠なのです。そう解釈すると何ごとも、おおらかな気持ちになってくるはずです。 (次号に続く)

ラジャー・ダト・ノンチック
(マレーシア元上院議員)が日本人に寄せた詩

かつて日本人は清らかで美しかった
かつて日本人は親切でこころ豊かだった
アジアの国の誰にでも自分のことのように
一生懸命尽くしてくれた

何千万人もの人のなかには少しは変な人も居たし、怒りんぼや、我侭な人も居た
自分の考えを押し付けて威張ってばかり居る人だって居なかったわけじゃない

でも、その頃の日本人は、そんな少しの
嫌なことや不愉快さを超えて
おおらかで、真面目で、
希望に満ちて明るかった

戦後の日本人は、自分たち日本人のことを
悪者だと思い込まされた
学校でも、ジャーナリズムも、
そうだとしか教えなかったから
真面目に自分たちの父母や先輩は、
悪いことばかりした残酷無情な
酷い人たちだったと思っているようだ

だからアジアの国に行ったら、
ひたすらペコペコ謝って
私たちは、そんなことは致しません
と言えば良いと思っている
そのくせ経済力がついてきて、技術が向上してくると、自分の国や自分までが
偉いと思えるようになってきて、うわべや口先では「スマナカッタ」と言いながら、
独りよがりの、自分本位の偉そうな態度をする
そんな今の日本人が心配だ

本当にどうなってしまったんだろう
日本人は、そんなはずじゃなかったのに
本当の日本人を知っている私たちは、
今はいつも歯がゆくて悔しい思いがする

自分のことや、自分の会社の利益ばかり考えて
こせこせと身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人は、
これが本当の日本人なのだろうか

自分たちだけで集まっては、自分たちだけの楽しみや、贅沢にふけりながら
自分がお世話になって住んでいる、
自分の会社が仕事をしている
その国と、国民のことを、蔑んだ眼でみたり、
バカにしたりする
こんな人たちと本当に
仲良くしてゆけるだろうか
どうして どうして
日本人は、こんなになってしまったんだ

1989年4月  クアラルンプールにて

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